大宮五十鈴神社について

大宮五十鈴神社の由緒

応神天皇39年、尾張國熱田神宮より「熱田大神」の御分霊を迎えて斎き祀る。

同42年4月、伊勢國伊勢神宮より「天照皇大神」、諏訪大社より建御名方命を迎え相殿に斎き祀り、「伊鈴神社」と称した。

明治40年6月25日白山社、同41年3月18日、伊勢宮、白髭社、春日社、八幡社、八劔社、日枝社(山王社)の

いわゆる上穂8社を合祀して「大宮五十鈴神社」と称した。

大宮五十鈴神社の御祭神

大宮五十鈴神社の建造物

  • 本殿

    本殿

    明治40年(1907年)と41年(1908年)の2年間に亘り上穂八社が合祀され、合祀に併せ今の御本殿が建てられました。明治44年に地鎮祭が行われ、大正元年に竣工しました。諏訪の大隅流の大工さんにより建てられた本殿には、龍や獏など立派な彫刻が施されています。
    ※この写真は、拝殿改築に伴い旧拝殿が取り壊され更地になった年の、お正月の貴重な写真です。

  • 拝殿

    拝殿

    本殿の前に設けられ、祭典を行う為の建物を拝殿といいます。平成17年(2005年)に氏子の皆様の尊い御浄財により新築されました当拝殿は、土足のまま入り椅子(胡床)に座って参列できるといった、当時では画期的な拝殿でした。神職が祭事を行うところを幣殿、参列するところを拝殿といいます。

  • 末社殿

    末社殿

    拝殿の北隣に「末社殿」があります。末社殿は、昭和3年に建てられましたが、本殿に同じく神社合祀令に伴い氏子区域内に祀られていた神様が合祀されたと思われます(由緒不詳)。合祀された御社は12社、御祭神は15柱、①元白山社境内稲荷社いなりしゃ豊受姫とようけひめ大神」②津島社つしましゃ素盞鳴すさのお大神」③金刀比羅社ことひらしゃ大巳貴おおなむち大神」④山神社やまのかみしゃ大山祇おおやまづみ大神」⑤秋葉社あきはしゃ迦具土かぐつち大神」⑥諏訪社すわしゃ建御名方たけみなかた大神」⑦稲荷社いなりしゃ稲荷いなり大神」⑧三嶋社みしましゃ田心たぎり姫大神」「市杵島いちきしま姫大神」「瑞津たぎつ姫大神」⑨松尾社まつおしゃ大山咋おおやまくい大神」「迦具土大神」⑩伊雑社いざはやしゃ天照大御神あまてらすおおみかみ」⑪天神社てんじんしゃ菅原道真公すがわらみちざねこう」⑫青麻社あおそしゃ「大巳貴大神」

  • 神楽殿

    神楽殿

    明治42年に建てられた神楽殿、屋根の瓦が重く耐震性を高めるよう平成27年に屋根を葺き替え、床と天井を修繕して、宵祭では年番から選出された舞姫が「浦安の舞」を舞います。

  • 社務所

    社務所

    これまでの社務所の老朽化に伴い、平成22年に新築された社務所。総代会などの会議や祭典後の直会が行われるとともに、落語会が催されたり、雅楽の練習などで使用されています。

  • 古神符納め所

    古神符納め所

    だるまに御札や御守など、1年間お世話になった神符、また神棚入れ替えのために不必要となった古い神棚を納める建物です。ガラスなどの不燃物を取り除いてお納め下さい。お焚き上げ料は、お賽銭箱にお気持ちをお納めください。

  • 鳥居

    鳥居

    鳥居とは、神社の玄関、門に当たるもので聖域の入口であります。大宮五十鈴神社の「一之鳥居」は大正9年6月に竣工したものですが、当時総重量10トンを超える石の鳥居建立には莫大なる手間と費用、そして氏子皆様の篤い念いが込められていました。東郷平八郎元帥揮毫による社額が氏子の誇りを物語っています。

  • 手水舎

    手水舎

    神社にお参りする際は、禊ぎを簡略化した手水を行い、神様に額ずきお参りをします。龍ノ口は、水神様であります龍を象り心身を清めてくれます。本来、鳥居をくぐる前に手水を執りますが、当神社は手水舎が一之鳥居の中にありますので、便宜上石段の途中に二之鳥居を設けてあります。